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「犠牲(サクリファイス)—わが息子・脳死の11日」を読んで

時間が限られているが,できるところまで。

この文庫本を買ったのはいつのころか覚えていない。たぶん,「脳死」という言葉がきっかけだったと思う。たぶん,義理の叔母が脳腫瘍を患い1年半にもわたる闘病生活に幕が降りたこと,かつ自分の不安症な性質が人と同一な社会生活を送る上で,やっかいな怪物に徐々にとなりつづけていた頃だと思う。

「犠牲(サクリファイス)—わが息子・脳死の11日」は二つの主題を折りこんでいる。神経症を患った洋二郎の自死と,心停止,蘇生,脳死,心臓死,臓器提供といった死のプロセスに直面する患者の家族を当事者の立場から描いたテーマだと考えている。ここでは,後者のテーマについて,特に柳田邦男が社団法人腎臓移植普及会の機関誌「とらんすぷらんと」に対して引っかかったことについて,一つ引用する。

脳死者が蘇生することはなく,科学的にはすでに死んでいる人であるという考え方は理解できるが,日本では,脳死をもって人の死とするというコンセンサスがいまだ成立したわけではないし,そういう法律ができたわけでもないのに(もちろん現在は法律が施行されている),脳死を死と認められないという看護婦を,「おまえは看護婦ではない」と罵倒するのは,どうか。

「科学的ではない」という言葉で糾弾するのは非常に驕り高いと感じた。「科学的」と主張するならば,実験分析等で数学を使うのは避けられないはずだが,今現在の数学,物理学は,ある程度理想状態な条件で理論を展開している。この前のTVの特番でTOKIOが行なった「テイシューを吸いこむことができる掃除機のホースの限界はどのくらいか」といった実験に対して誰独り実験内容と一致するモデルを提唱したスタッフはいない。考慮すべき条件があまりにも多すぎるからだ。当然,数学,物理学は森羅万象に対して万能のツールではない。いわんや,化学,生物学にだって同じことが言えるのではないのだろうか。

ただ,そういった主張をする教授は「自分が傷つかない術」を既に身につけているのだろう。看護師からのフィードバックは「自分の業績には役に立たない」で無意識に遮断できるテクニックを持っているから,「科学的ではない」と看護師を攻めることができるのだろう。こういった相手に倫理面から攻めるのは「のれんに腕押し」であるのに違いない。

ただ,まだ私は「脳死患者からの臓器摘出」に賛成の立場の書籍を読んでいない。また,一方,臓器移植や脳死患者に対する医療費問題といった経済の点から論じた書籍もまだ読んでいない。一方の立場からしか見ていないので非常に片手落ちであるが,現状の自分の臓器提供意思については以下の通りである。

  • 基本的に脳死状態になった場合は,臓器提供は望まない。特に,自傷行為において脳死状態になった場合は,臓器提供を拒否する。
  • ただし,「死のプロセス」に家族が立ち会うことができない突発的な死(交通事故死,殺人,事故)に関しては,基本的に臓器提供することに反対の意をとなえない。
  • ただ,いずれのケースにおいて,最終の判断は家族に委ねる。

洋二郎の自死についてはまだ時間がかかる。関連があるかどうかわからないが,ここ数日この文庫本を常にカバンに入れて読んでいたのだが,今日の朝,「自分の社会性のなさ」について知人から激しく糾弾されている状況の夢で目が覚めた。

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